DORCHADAS -crioch-
【異の子】
「――というわけで、今日からお前の母親が戻るまでの二週間、護衛の一環としてこの女――ビアンキと一緒に生活してもらうぜぇ」
「よろしく」
リビングのソファに俺とスクアーロ、その正面にビアンキという形で座した俺達は、改めて説明を兼ねての自己紹介へと至り、互いに向き合う。
女性に対して不躾かとも思えるほどにジロジロと観察してしまったけれど、うん、改めることもなく美人さんです。
十人中八人くらいは振り返るんじゃないかなってくらいに。
まあ、年上だし、失礼ながらに俺の好みのタイプではないから俺は振り返っても遠くから観察する程度で、お近づきになりたいとは思わない部類の美人だけれど。
とはいえ、それよりも気になる点が、一点。
「エスプレッソのおかわりはまだか?」
「あらもう飲んじゃったのリボーン」
待っててちょうだい、と嬉々として席を立ったビアンキの、その膝に先程まで乗っかっていたそいつは、感情の読めないつぶらな瞳でこちらをガン見してくる。
「随分ダメそうなのが今回のターゲットなんだなスクアーロ。俺を巻き込むんじゃねーぞ」
「元より貴様には関係ないぜぇアルコバレーノ」
幼児?赤ん坊?推定年齢二歳といった所のちっちゃいガキんちょが、黒の上下スーツに身を包んで、室内にも関わらず帽子までかぶっている。
妙に円を描くもみあげが特徴的なそいつは、ニコリともせずに流暢な喋り口でチクリチクリと悪口を投げつけてきた。
おい。初対面の幼児にダメとか、そんな、おい。
「関係ない、か?……だといいけどな」
神妙にぼそりと吐き出された幼い声音は俺の耳に届いた――ということは隣のスクアーロにだって届いたはず。
けれど、触れることもなくスクアーロはただ口を閉ざすだけに止まった。
「彼はリボーン。私のフィアンセよ」
「ビアンキは俺の四番目の愛人だ」
どうも持参品らしき、赤ん坊―リボーン専用の小さなカップから湯気を放ちつつ、俺へと恍惚の微笑みを向けるビアンキとは対照的に淡々としたリボーンの口調。
言葉の愛情度合も落差が激しい。
赤ん坊相手にフィアンセはないが、愛人もない。しかも四番目て。
「ふふ。リボーンたら照れ屋さん」
再びリボーンを膝に乗せて、赤らめた頬に掌を当てたビアンキはトロンと溶けた表情で恥ずかしそうに目を伏せる。
妄想力のレベルの差を思い知らされた気分だ。
「で、XANXUSよXAUNXUS」
パチリと瞬きをひとつ。ガラリと表情を一変させたビアンキはスクアーロへと視線を投げた。
睨み付けているといっても過言ではないほどの眼光がスクアーロを射抜いているはずなのに、睨まれている本人はそしらぬ顔、というか平然と足を組み替えている。
「あいつが来るのはわかってたけど、いくらなんでも早すぎよ。誰かが情報を流したとしか思えないわ」
「ああ。それに関しては……俺よりもお前達の方が心当たりがあるんじゃねえのかぁ?」
「……」
細められた瞳はわずかにスクアーロから逸らされた。
まったく話についていけていない俺を放置して、二人はやけに重々しい空気を生み出し続けている。
スクアーロと知り合いで、XANXUSのことを知っている、ってことはビアンキもスクアーロと同じ組織とやらに所属している、ということだろうか。
「念のために確認しておくけど、私達のことを疑っているわけじゃないわよね」
「だとしたら、黄金瞳の傍に貴様を据える俺はとんだ間抜けだなぁ」
それもそうだ。
「お前が懐に入れた女子供に甘いことは知っている。組織を抜けた人間の中で、この手のことに信頼がおけるのはお前くらいだ」
「……褒められてる気がしないわ」
俺の頭にポンと掌を乗せたスクアーロは真っ直ぐにビアンキへと視線を据えながら口角を片方だけ上げる。
二人の会話を聞くことしかできない俺は、わからないなりに口をつぐむに徹していた。
「XANXUSはとりあえず俺が抑える。完全にとはいかないが奴の目的も明白だぁ」
する、と離れていった掌を握り込んだスクアーロは、片目を眇めながら、ふと短く息を吐いた。
「そうね。あいつをなんとかできるとしたら、あんたくらいなものだしね」
スクアーロのことをずいぶん知っている口ぶりだから、ただの組織の仲間、というわけでもないような気がするのは俺だけだろうか。
それにさっき『組織を抜けた人間』と言われていた。抜けた人と所属している人が接触するなんて、よほどの信頼関係がなければ成立しないことなんじゃなかろうか。
「まあいいわ。私達としても、しばらくは大きく動けないし。とにかく、今必要なのは」
強く瞼を下ろしたビアンキが、ゆっくりと視界に捉えなおしたのはスクアーロ、ではなく。
「さっきも言った通り、家事の分担を決めるわよ!」
俺でした。
「本気で同居するんですか!?」
「当然よ。それが交換条件だもの」
交換条件、だと。
チラっとスクアーロに目をやったビアンキはゆっくりと口端を上げながら艶やかな唇を開く。
「私があんたの護衛をする代わりに、私達に隠れる場所を提供すること。
肝心のその場所が一般人の民家っていうのはちょっと気になるところだけど、まあ妥当な線とも言えるから、この話を受けたってわけ」
さっきから嫌に勘ぐったような眼で見られてるような気がするから、はっきり言っておくわよ、と前置きしたビアンキはフン、と小さく鼻を鳴らして瞼をわずかに下ろした。
「そこのヘタレとは同じ組織に所属していたし、何度か組んで仕事したこともあるといえばあるわ。でも私はリボーンのために組織を抜けたの。そう!愛のために!」
……はあ。
「私達も、あんたも、厄介なのに追われてる立場だから派手に策を練ることはできないけど、受けたからには守るわ。安心しなさい」
微かに首を傾げながら艶やかに笑う彼女の腕の中で、エスプレッソを堪能したのだろう、カップをソーサーに戻した赤ん坊、リボーンもまたニヤリと口角を引き上げる。
「ついでに鍛えてやるぞ。ダメツナ」
「ダメってなんで!」
初見で決めつけんな!と叫びつつも、深く知り合ったところで見解を覆せるとも思えないが。
複雑な感情を隠しつつ、唇をヘの字に曲げることでしか反抗心を示すことができない俺であった。
以上、本文より一部抜粋